石やアクササリーの写真を中心としたブログ


by mandala-04
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カテゴリ:石とマンダラ( 25 )

c0120789_20134531.jpg
左端から、シトリン、ムーンストーン、パール、フルオライト、ラベンダーアメジスト、ロードナイト、アマゾナイト、ローズクオーツ、パール、ローズクオーツ、クリアクオーツ。間に挟んでいるのは、シルバー925製スペーサー

Amrita/アムリタ(甘露) と名づけたブレスレットは、少しインドテイストのイメージ。
エキゾティックで少しゴージャスで、そしてネクターのように甘い。
マハラニ(王女)のもつジュエリーのような、カラフルな石の組み合わせ。

色合いとは、色を合わすこと。
色と色の気が合うこと、合わさること。
色の醸し出すシナジー(相乗効果)や和音である。

色が、合う(一致すること)、会う(人などに会うこと)、逢う(巡り逢うこと)、遇う(偶然にも出あうこと)。
色を重ねていくこと、重ねあわすこと、それが色あいである。
色の相性もあり、色相とかいてもよさそうだ。

隣にくる色により、違った雰囲気になる。
光の濃淡、明彩により、違った表情を見せる。

時に辛く、甘く、渋くなる。
一歩間違うと、苦くなったり、エグみが出たり。

石が語りかけてくるテイストに耳を傾けてみれば、
また新しい世界が広がっていく。
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by mandala-04 | 2007-11-09 20:13 | 石とマンダラ

石の声。

「石の人の声に耳をかたむけなさい。」 と、ラコタの人は言った。
石の人とは、石を擬人化している言い方であり、彼らが自然の全てをリスペクトしている様子が伺える。石はそれぞれ独自の声を持っているんだそう。

この言葉を知ったときに思った。
様々な石からそれぞれに出ている波動が違うことを感じ取れているからこそ、言える言葉なのだと。
今の世の中で、それがわかると言えば、「すごい」とか「特別なこと」に思われがちであるが、彼らはいたって普通に語る。それが当たり前かのように・・・。
自然と共存し、流れに逆らわない生き方をしていれば、きっと聞こえてくる言葉があるのだと思う。

石が語り掛けてくる言葉を聞いてみるというACTIONを通して
自分で自分の内にある本当の答えを聞くことができるのだと思う。

私の好きなSOUL NUMBERに「STOP, LOOK, LISTEN(to your heart).」(※1)という歌があるが、まさに立ち止まって、見て、聞いてみる。その時間を持つことは誰しもに必要なのかもしれない。
それが石に対してでも、花に対してでも、人に対してでも同じことなのだろう。

それが彼らのよく言う「WISDOM(智恵)」のひとつなのかもしれない。


※1
STYLISTICSやダイアナロス&マービンゲイなどが歌っております。
YOU TUBEでココから見れます。
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by mandala-04 | 2007-10-18 18:17 | 石とマンダラ

石は・・・

石は不思議です
石は巡ります 石は旅をします
石は守ります 石は癒しです
石は波動です 石は粒子です
石は智恵 古代の叡智です
石は地・火・風・水 全ての要素を含みます
石は光です 
石は宇宙そのものです
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by mandala-04 | 2007-09-25 07:36 | 石とマンダラ

自分の石

ワタイ(自分の石)というのは 
その人が 必要な時 正しい場所
向こうから突然現れるもの 
あなたは石に見つけられるのだ


パワーオブストーン 北山耕平



ネイティブアメリカンの思想は、自然の流れに逆らっていないと思う。
彼らの言葉でしばしば出会うこの 「必要な時 正しい場所」 は、本当にある。
全てはそういうタイミングで起こるんだと思う。
後から考えて、「あれはそういうふうになるようになっていた。」出来事の数々。
偶然は必然。

石は、突然やってくることが本当にある。
ひょっこりとやってくる。
そして自分のもとに気が済むまでいたら また違うところへと旅立っていくんだと思う。
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by mandala-04 | 2007-08-09 07:24 | 石とマンダラ

虫入りコパル磨きセット

c0120789_1964751.jpgコパルは、アンバー(琥珀)になりきっていない樹脂の感じをまだ残しているもの。
といっても、約100万年前の木の樹脂なので、かなり古い。半化石樹脂ということである。中に植物や虫が入り込んでいるものもある。虫入り琥珀というのがある。ジュラシックパークでは、琥珀に閉じ込められた蚊から血を取り出して、その血から恐竜を蘇らせたというストーリーだった。

今日のヨガからの帰り、駅前百貨店のエスカレーター脇にて「鉱物展」に出くわす。といっても、小さなブースでこじんまりとしたものであるが。そこで発見した、「虫入りコパル磨きセット」。コパルを磨くと中に入っている虫が入っているのが透けて見れるんだそうな。しかも、サンドペーパーも入れてくれている。
まるで夏休みの自由研究みたいな感じ!ちょうど、夏休みなこともあり、ちょっと面白そうなので、買ってみた。

早速、磨いていくと、あらいい香り・・・。
摩擦熱でアンバーの香りが、ほんのりと。ほんとに希少だが、琥珀の精油もあるぐらいやし。
(くじらから採れるアンバーグリスとは別のもの)

途中で磨くのがしんどくなり、今ちょっと休憩中。
ここまできて、「全てに虫が入っているわけではありません。」と説明書に!
え~~、ヤル気半減(笑)。

古くは宝石療法でも使用されていた琥珀。
邪眼を跳ね除けるお守りとして、天照大神の霊石として、太陽神と生命エネルギーの化身として、陰陽の力を和合させ、世界中のシャーマンやスピ系ピープルがこぞって使ったという。

太古に思いをはせつつ、また磨こうかしら。
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by mandala-04 | 2007-08-02 17:40 | 石とマンダラ

数珠なしでは・・・。

最近、感じることに、数珠をしている日、していない日では、まったく自分が違うな、ということがある。ローカルCMの、「あるとき~、ないとき~♪Byなるみ」みたいな。

たまたま、とある場所にいった日、数珠をすっかり家に忘れて手ぶらであった。
帰り、ちょい悪オヤジ気分。というのは、ちょっと気分が悪く、酔ったオヤジの気分になったのであった。何か変なのをもらってしまうと即オエ~っとなる私なのである。
どんな感じかっちゅうと、ゲゲゲのキタローが妖怪の気を感じたら毛がピンと立つってのは、知っているだろうか、まあ、そんなんみたいに、バロメーター的なもんと思ってもらえたら・・・。

その日だけの気分かと思いきや、数珠をつけている日はどうもない。
ある日、またつけ忘れて出て行って、帰ってきたら、ちょい悪オヤジになっていた。
う~ん、どうもこれは、行った場所が悪いのか、何なのか・・・。

やはり自分をプロテクトしてくれる何かというのは必要やなと思った次第である。

数珠効果を実感した私は、でっかいルチルクオーツ、ルドラクシャ(菩提樹の実)、オニキス、水晶で、「魔よけ」的数珠を作成してみた。
目がクラクラするほどに「強っ!」と感じるこの数珠を、クリスタルクラスターの上で数日浄化した後、さっそく肌身離さずつけている今日この頃であった。

画像はありまへん♪
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by mandala-04 | 2007-07-19 18:38 | 石とマンダラ

石の夢

近頃は、石を触りまくっているせいでか、夢に石がでてくることばかり。
起きてからすぐの瞑想をサボっているので、夢の内容は忘れがちであるが。
(↑起きぬけの瞑想をやると、見た夢のストーリーを一話~二話思い出せるんでやってみてください、是非。)
石の夢は、一日や二日ではなく。もう、しょっちゅう。
インプットされているのかねえ・・・。

まるで、英語を習いたての頃の、 “英語でしゃべっている夢を見た” みたいな感じ。

こないだは、タンブルのルチルクオーツが出てきて、気になったので注文し~の・・・。
お客さん注文のオリジナルブレスに組み込んでみたりし~の・・・。
眺めてみ~の・・・。
トツギーノ!!

あ、そういえば昔、夢に手のひらサイズの卵形の黄色い石が出てきた。
次の日、友達と八坂神社に行ったら、屋台の石屋が出展していた。
おばちゃんと目が合ったので、店の中を見たら、
夢で見たのと全く同じ色形の卵石を発見して、思わず叫んだことがあった。
即、買ったけど。
しかし、夢に出てこようと、実際にあろうと、
肝心の意味たるや何やわからんので、持って帰ったはええけど、
それからどうなったのやら、はっきり覚えてもいない。
どこ行ったんかもわからん。
その黄色の石が何の石だったのかさえ知る前に・・・。
う~ん、何やったんやろうなあ。
って、今頃遅いけど。
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by mandala-04 | 2007-07-07 07:07 | 石とマンダラ

スモーキーと私

NYのクリストファーストリートにあるStick,Stone&Boneという石屋で一目惚れしたのが私とスモーキーとの出会いかもしれない。

それまではあまり気にもならなかった茶色の水晶。「茶色、て!・・・」と、若々しさを感じないオバハンみたいな感じの色のイメージでどこか避けていたのかもしれなかった。しかし、ここで出会ったスモーキーは、なんちゅうか、庶民的な感じのしない、所帯じみていない、スタイリッシュさがあった。たぶん、あれやね、ロケーションのせいもあるのかもね。しかし、すぐ買わない私。「次に来た時に、そこにあるならば、それは運命と思って買おう。」なぞと、後ろ髪を引かれつつ店を出た。何歩か歩きつつ振り向いてみたり。そして、お店に掲げてある虹色の旗がユラユラはためていいるのが見える。(虹色フラッグは、GAY PEOPLE WELCOMEのお店ってことで、割とたくさんの虹色フラッグをここクリストファーで目にする事が出来る。って、ここはどんだけ~なストリートで超有名なのである。)
が、しかし、もう気になって気になって、「何が次に来た時だ?!」と、速攻、引き返して即買ったのであった。それからは、このスモーキーちゃんが私のNYの友となったのであった。

ずっと服屋で働いていたから、知っている。「めっちゃ欲しいと思ったときが、そのとき!」だってことを(笑)。ファッションは生もので、「旬」を逃したらいかんのである。タイミング勝負なところがあるわけで。だいたい買い物に行って、最初に見てピンと来た、ええなあって思った、そんな「直感モノ」は、結局、あっちこっちをウロウロしたところで、どうしようも、こうしようも最後には買ってしまうことが多々あるのである。これぞ、一目惚れなのだ。
なんでも、タイミングやね。

そんなNYで学んだ「チャンスの神様は前髪しかない。」っていう話。英語の先生に教えてもらった話。「チャンスを逃してしまっても、チャンスの神様は後ろがハゲだから掴めないんだよ。来たときにちゃんと前髪をつかもう!」と。

今と思ったら、今なのだ。
スモーキーを見れば、思い出すこと。
今現在をしっかり噛み締めること。過去でも未来でもない今を生きること。

NYとスモーキークオーツ。
なんだか自分の中ではマッチしている組み合わせである。
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by mandala-04 | 2007-06-30 10:30 | 石とマンダラ

爽やか

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by mandala-04 | 2007-06-28 00:18 | 石とマンダラ

ZUNI族の指輪

私が持っているインディアンジュエリーのコレクションの中に、絶対に失くさない指輪がある。失くした事も何度もあるけれど、それは、忘れた頃にどこからともなく出てくる不思議な指輪である。また次に失くしたとしても、絶対に自分のもとに戻ってくる自信は、100%と確信モノである。失くしてしまって、何年も出てこなかった時期もあるが、急にひょっこり出てきたり、落としたところに自分が出くわしたりして、その都度ビックリしてきている。

それを、NYで買ったのか、日本で買ったのか、どこで買ったかももう忘れてしまったが、古着屋かフリーマーケットかで買った古~い指輪である。もう二十年近く私の手元にある。買った時、すでに石のいくつかは欠けて無かったし、指輪の石もかなり年期の入った色をしていた。

c0120789_1942945.jpgこの指輪は、アメリカのニューメキシコ州の端っこの美しい砂漠にあるZUNI族というインディアンのもの。ZUNIの文化は、HOPIの文化に似ているプエブロ・インディアンで、人類学者にとっても謎だらけだといわれる。その部族のジュエリーの特徴は、「インレイ(ワーク)」といって、貝やターコイズ、珊瑚などの石をチップ状にしたものを、サンフェイスやバタフライなどのインディアンならではの自然に存在するスピリットをモチーフにしたシルバーの台の上に貼って図柄を完成していくという細かい作業が必要な技法である。ただのジュエリーではなく、それはもう芸術作品の域で、コレクターも多い。(※写真のは実物とは違います。)

この指輪は、彼らのSOULともいえるカチーナ(※1)を形どったシルバー台に、ターコイズ、シェル、珊瑚などが貼られているもの。指輪の裏には、ZUNIという文字と作者らしき名前が刻印されている。買った当時は「ZUNI」が部族だとは知らず、「ZUNIって何やねん?!」とか「なぜこんな変な人形(カチーナ)の形をしているんやろう?」と、ずうっと気になっていたのである。今のようにインターネットがなかった時代だったので、瞬時に調べがつくことが難しかったのである

調べれば調べるほどに、奥が深く、ますます彼らのスピリットや自然信仰に触れ、感動し、深みにハマっていって私であった。

「いつかZUNIの村に行って、作者に会いたい!」
この指輪を通じて、そんな夢を持ってしまった。
が、しかし、そう思ってから、もうかれこれ10年以上経っているし、この指輪ももともと新しい指輪ではなかったから、作者本人に会えるのは謎であるが、いつかきっと、私のこの夢を叶えたいと思う。

c0120789_19361530.gif※1 カチーナ
木で出来たハンドメイドの人形。自然の精霊などを形にしたもので、一つ一つに彼らのスピリットが宿っている。HOPIとZUNIにだけカチーナ信仰があるとされる。カチーナは、精密でスピリチュアルな作品である。彼らの儀式には、欠かせない存在であり、宇宙(精神世界)と人とをつなぐものとしてカチーナが登場する。人間がカチーナになりすまして体中にペイントをしたり、かぶりものをしたり、衣装を着たりして、神に捧げるダンスを踊るのである。

右のイラストは、イーグルダンサーのカチーナ。

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by mandala-04 | 2007-06-25 22:17 | 石とマンダラ